1.誰からもよく思われたい(八方美人でいたい)ため 聖書の「思い煩い」という言葉には、「心を分ける」という意味があります。あの人にも、この人にも良く思われたい。だれからも批判されたくないという気持ちがあると、あちこちに気を使い、思い煩うことになるのです。
2.自分の力の限界、弱さを認めない(背伸びしている)ため あるべき姿と、現実の自分との間で無理をしていると、やがて破綻が来、それをいかにごまかそうかと思い煩うことになるのです。正直に自分の限界を認め、ありのままの目分を出すことにより、思い煩いから解放され始めます。
3.今まで自分が守られ、支えられて来たことを忘れているため 私達は、自分の力で生きてきたと思いがちです。このため、これからも自分の力で何とかしなければと思い煩うのです。しかし、実は私達が生きていく上で必要なもののほとんどが(例えば水も空気も)与えられている・・・すなわち、私達は生きているのではなく、生かされているのです。何が起きても不思蟻ではないこの世の中で私が今ここにあるのは、守られ生かされてきた故と感謝するとき、これからもどんな試練も乗り越えられると希望が見えて来るのです。
4.自分の力しか頼れないため(自分以上の存在を認められないため) 自分の力しか頼れないとお金がなくなれば絶望し、人間関係が切れれば絶望して思い煩います。しかし、たとえ四面楚歌になったとしても、いつも上だけはあいています。・・・すなわち、この天地を創り、私を創られた神様がおられるのです。この方が助けて下さることを知れば、希望がわいて来るのです。
|