完全な親はどこにもいません。だからほとんどの子供は傷ついているのです。私連が本当に知るべきことは、自分も傷ついてきたのだということ、そして、その傷はいやされなければならないということです。
「まことに、彼(キリスト)は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。・・・(中略)・・・しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。」(イザヤ53:4〜5)
自分で自分のしたことを許せない時、どうか覚えて下さい。その自分のかわりに罰を受けた方がいるということを。この方(キリスト)が私たちの傷を負い、いやして下さると聖書は語っているのです。どうかこのことを受け止めて、小さい時から自分が傷ついたと思うことを一つ一つ神様の前に出し、この傷をいやして下さいと祈ってみて下さい。その時、やがて心が解放されるという体験が始まっていくのです。
「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、・・・(中略)・・・あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」(ヨハネ8:31)
私たちは自分を不自由だなどとは思っていないかもしれません。しかし解放されてみて初めて、自分がいかにこ不自由であったか、こんな自由な楽な生き方があったのかを知るのです。
私たちに必要なのは、まず第一に自分の傷、弱基さに直面する勇気とそれを認める謙虚さです。そして次にそれをいやして下さいと祈ることです。どんなに過去のことがつらかったとしても、神様は私たちの深い心の傷を癒すことができるのです。聖書はあなたの傷のために十字架があったのだと語っています。たとえそのことがまだ十分に信じられないとしても、もしそれが本当ならいやして下さいと祈るとき、やがて、あなたは自由にされた新しい自分を発見していかれることでしょう。
「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られたものです。」(IIコリント5:17)
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