「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたし(キリスト)のところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイ11:28)
私達は多くの場合、人生の中で疲れた経験を持っています。しかし、そんな疲れた自分をそのまま投げ出せる所は多くありません。私達が一番リラックスできるところは、だれからも責められたり悪く思われたりせず、また過大にも過小にも評価されないで、ありのままを受け入れられる所ではないでしょうか。聖書の神は私達の良い所も悪い所もそのまま受け止めて下さる方です。だから、疲れた時には疲れたと、苦しい時には苦しいと、心の中にあるがままを神様に祈ってよいのです。
「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。」(ピリピ4:6)
こんなことを祈ったら悪いのではないか、バチがあたるのではと思う必要はないのです。神様は私達を悪くとるようなお方ではありません。私達を「恵もうと待っておられる」方・・・すなわち私達に良いことをしたいといつも考えておられる神様なのです。
あなたの本当の願いが何なのか、自分で分かっているでしょうか。私達は案外ごまかして生きるために、本当の自分の騒いさえわからなくなっていることが多いのです。そのままの状態から、自分の願いや気持ちを素直に神様に祈ってみて下さい。その時神様からの平安で心が満たされ、多くの困難や試練があってもそれを乗り越えていくカが与えられるのです。
自分の人生を撮り返ってみて、確かに人を恐れる人生、人の評価や言動によって自分の幸せ感まで支配されるような人生だったと気付いたならば、それを認めて、人が恐いんですと正直な気持ちを一つ一つ神様に申し上げて下さい。その時、人を恐れることから解放され、どんなことがあってもあるがままを生きることのできる人生へと踏み出すことができるのです。 |