私達が積極的な人生を送りたいなら、良いことに目を向ける訓練が大切なことはわかりました。そして、うまくいけば暗い思いの半分くらいはそれで消えていきます。しかし、同時に、本音の部分では変わっていないことにも気付くのです。小さいことは乗り越えられても、大きいことになるとどうにもなりません。一生懸命「悪く思ってはいけない」と無理をしていると、いつしかノイローゼにまでなってしまいます。いわば表面だけがメッキされた状態ですから、時がたつとはがれて本音が出てくるのです。
私達が根本的に変えられていくには、新しい性質をもらう必要があるのです。ちょうど渋柿を甘柿にするには、接ぎ木をすればよいように、私達もキリストという方を接ぎ木される時、自分がなりたいと願うような者へと次第に変えられて行くのです。まさにキリストを信じる生涯とは、外側を取り繕う窮屈な人生ではなく、内側から新しく造り変えられていく人生なのです。
「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。」(第IIコリント5:17)
自分でできないことがあったとしても、神様には不可能なことがありません。どうしようもない自分の気持ちや願い事を、正直に神様に打ち明けて下さい。その時、人のすべての思いを越えて、神様があなたの心を守って下さるのです。
「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」(ピリピ4:6〜7)
|