そのためにはまず、自分の考えが正しいと過信して、自分の怒りを正当なものだと思い過ぎない様にすることが大切です。実際のところ、私達に見えるものはごくわずかです。相手の立場になってみれば、あまり言えなくなることも多いのです。アメリカ大統領だったジェファーソンは、「怒れる時には10数えよ。怒りが更に甚だしい時は、100数えよ。」と言いました。確かにそのくらい待てば心も落ちついて、同じことでも思いやりのある言葉がでてくるのではないでしょうか。あるいは、怒っている相手に手紙を書くのもいいでしょう。ただしすぐには出さないで、3日ほど寝かせておいてから、もう一度読んでみて下さい。これではとても出せないと思うと共に、それだけで自分の心が落ちつくことも多いのです。けれども、これだけでは本当に怒りをおさめることができないことも、また事実です。聖書は次の様に語っています。
「あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。」(ローマ12:18〜19)
「・・・怒ったり言い争ったりすることなく、どこででもきよい手を上げて祈るようにしなさい。」(第Iテモテ2:8)
天地を創られた神は、すべてをご存知であり、それに正しく対処する事ができる方です。自分で怒りを発するかわりに、そのことをすべて神にお任せするのです。私達が自分でしなくて良い、いや、してはならない。自分の怒りに任せるかわりに、それを祈りに変えなさい、と聖書は語ります。怒りを心の中にためておくと、いつか爆発します。しかし、思いのたけを祈りに変えて、人にではなく神に向けるなら、私達の心は静められていくのです。
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