「神は、実に、そのひとり子(イエス・キリスト)をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16)
「・・・これは、その(キリストの)死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。」(ヘブル2:14〜15)
聖書は、死に打ち勝つ力が神様の内にあると語っています。教会にある十字架はそのことを表したものなのです。私たちがすでに犯してしまった罪・過ちは、自分ではもうどうすることもできません。しかし、それらすべてをキリストが身代わりに負い、十字架にかかって死んで下さり、私たちを赦して下さった。それだけでなく、キリストが死んで後3日目に甦った(復活)ことにより、死の力がすでに打ち破られたのだと聖書は記しています。それ故、もし私たちがこのキリストを信じ、キリストにつながるなら、私たちもまた死に打ち勝って歩む力が与えられる、もはや死を恐れる必要はないというのです。
キリストを信じて罪赦された人にとって、肉体の死はもはや悲しいことではありません。残された人々にとっては、しばしの悲しみの時を通らねばなりませんが、その人自身は地上の煩いから放され、神のみもと 地上よりはるかに素晴らしい天国に行くことができるのです。キリストが打ち破られたのは、肉体の死ばかりではありません。死には‘肉体の死’の他に‘霊的な死(神との交わりがもてない)’と‘永遠の死(神の恵から永遠に切り離される)’があると聖書は語っています。
キリストがこれらすべての死を打ち破ったことによって、私たちと神様との交わりが回復され、神様の愛がわかるようにして下さったのです。もしあなたが死を恐れておられるなら、聖書には死に対する勝利が記されていることを思い出し、ぜひ心から次のように祈ってください。「私はまだ死の解決を得ていません。死が恐ろしいのです。どうかこの私に、死に打ち勝つイエス様の力と命を与えて下さい。すべての不安や恐れから私を解放して下さい。」と。 |