「(神は)仰せになった。「・・あなたは、食べてはならない、と命じておいた木から食べたのか。」人は言った。「あなたが私のそばに置かれたこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです。」(創世記3:11〜12)
これは、最初の人間アダムが罪を犯した時の言葉です。自分のしたことを、他の人の責任にする。しかし考えてみれば、これはまさに私達自身の中にもある性質ではないでしょうか。さらにまた、聖書は人間についてこうも言っています。
「人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれが、それを知ることができよう。」(エレミヤ17:9)
何もここまで言わなくても、と思うかもしれません。しかし、どうでしょう。よくよく自分の胸に手を当ててみれば、自分のことを人のせいにするばかりか、自分が苦しいとき人にも同じ思いをさせたいと思ったり、かなり陰険なひどいことを考えたり、したりしてしまう、私達の内にはそのようなものがあるのではないでしょうか。
しかも、これは良くないと思っても自分ではどうすることもできないのです。私達はこういう自分の姿を見ると余りにも苦しくなるので、つい「こうなったのはあの人のせい」「環境が悪い」などど責任転嫁して、自分自身の姿を見ないようにしてしまいます。自分の中のこうした依存的傾向を克服するためには、まず「これが私です。」と真正面から言い訳しないでみていくことが必要です。でもそれで終わると苦しくなるだけですから、次にぜひしていただきたいのは、それは自分の問題(罪・弱さ)なのだと神様の前に正直に告白するということです。実はこの時、あなたは自分の責任で人生を歩む第一歩を踏み出していることになるのです。
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